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藤田浩子さんが「おはなしおばさん」になったわけ

幼児教育に携わりながら、おはなしを語り続けて60年。講演で日本中を駆け回り、どの会場もいつも超満員。大人気の藤田さんに、おはなしとの出合いと、語りに対する思いを伺いました。

藤田浩子
おはなしおばさん。東京都生まれ。福島県三春町に疎開、昔話を聞いて育つ。幼児教育に携わりながら、おはなしを語って50余年。全国の保育園・幼稚園・小学校・大学・図書館などで小道具をつかったおはなし、福島弁のおはなしなどを語っている。アメリカの学校・図書館・語りの祭典でも日本の民話・わらべ歌を紹介している。著書に『おはなしおばさんの小道具』、「おはなしおばさん」シリーズ、『あやとりでおはなし』(一声社)など。


少女時代
【畑のおじさんに聞いた400のおはなし】
戦中から戦後のこと。小学校1年生だった私は“畑のおじさん”に毎日毎日おはなしを聞かせてもらっていました。
畑のおじさんとは、私の家の家主さんの畑を耕していた小作のおじさんのこと。 この畑からいちばん近いのが私の家だったので、一服する時間になると、おじさんはうちまでタバコの火種をもらいにくるんです。 すると、私はおじさんのところへ行き、「何かおはなしして」といってはおはなしを聞かせてもらっていました。
おじさんはヘビがくればヘビのはなし、スズメがくればスズメのはなしをしてくれて、そのひとときは本当に楽しいものでした。
そのころ、私が住んでいた福島県の三春町では女学校が焼けてしまい、そこの女学生たちが私の通っていた小学校の校舎を使って勉強をしていました。 その関係で私たち1年生の授業は、午前か午後の半日だけ。 畑のおじさんが一服するのは午前10時ごろと午後3時ごろでしたから、毎日どちらかの時間には、必ずおじさんのところへ行けたんです。
小学校1年生の終わりごろから5年生のはじめくらいまでの間に、おじさんから聞いたおはなしは400ぐらい。その400話をほとんど全部覚えています。

大人になってから
【遠藤登志子さんとの出会い】
語り手の遠藤登志子さんとは本当に偶然、知り合いましてね。あるきっかけから遠藤さんの語りを聞かせてもらうようになり、400話くらいになりました。
そのおはなしは畑のおじさんから聞いたものとほとんど重なっていて、子どものころにはよく分からなかったところが、そういうおはなしだったのかと、つながりました。
遠藤さんは主に明治元(1868)年生まれのおばあさんからおはなしを聞いたそうです。

幼稚園教諭として
幼稚園教諭をしていた私は、あまりいい先生ではなくて、天気がよければ外で遊び、雨が降れば子どもたちにおはなしをするしかない先生でした。 それが、子どもたちへの語りの始まり。
そして、小さな子どもたちをどう楽しませようかと考えたとき、昔から伝えられてきた小道具を、こんなふうに使ったらどうだろうと工夫するようになりました。アレンジしたのは私ですけど、小道具を作るときの折り方も切り方も、みんな昔から伝えられてきたものばかりです。
さかのぼれば、畑のおじさんに聞いたおはなしは、赤ん坊だった妹にすぐ語っていました。すぐに語ることで復習していたんでしょうね。

すくすく育って70年
講演会やおはなし会の始まりに、私は畑のおじさんにおはなしを語ってもらったときのことを、自作紙芝居にして自己紹介します。 あのころ、おじさんにおはなしを聞かせてもらった女の子も、青い空の下ですくすく育ってもう70年が過ぎました。
私が子どもたちに語りをしているのは、おはなしを伝えたいというより、伝えなければいけないと感じているからです。
畑のおじさんや遠藤さんからもらったものを、そのまま私が墓場に持っていってはいけない・・・。
あのときの女の子は、胸のうちにちょっとした使命感のようなものを感じながら、今も全国を語り歩いています。

「この本読んで!」29号より

絵本えらびのヒントがぎっしり
この本読んで!

「この本読んで!」は、家庭で読みきかせをする保護者や、幼稚園や学校、図書館などでおはなし会の活動に携わっている人たちに向けて、絵本作家さんや 新刊の紹介などを中心にお届けするおしゃれな絵本の情報誌です。 創刊/2001年11月 年4回(2・5・8・11月)発行 定価1,000円+税

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