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<わたし>を育てる

先日開かれた絵本講座に、4歳の女の子がお母さんと一緒に参加してくれました。 読み手も聞き手も声を出して楽しむ参加型の絵本読みの例として、『とのさま1ねんせい』を紹介していたときのことです。

『とのさま1ねんせい』
作・絵/長野ヒデ子、本田カヨ子、1,300円(あすなろ書房)    

遊ぶの大好きで「1ねんせいはいやだよ~!」と逃げ回るとのさまに家来たちは回されっぱなし。 ところが次第に整っていく入学準備を見ているうちに、なんだか楽しそうと、とのさまもわくわくしてきて・・、突然姿が消えた! 会場にいた大人たちはいんな家来になりきり「いざ、捜索じゃ捜索じゃ」という読み手(筆者)の号令に「ははーっ」と大げさにかしづいたのですが、 その瞬間、女の子が大きい声で「『ははーっ』って言わん!」と宣言しました。 くるんとした目を見開いて、口をきゅっと結んで、絵本のページをしっかりみつめています。
思いがけないことばでしたので「それでは、さがさない家来とさがす家来にわかれて・・『おとのさま~!』『おとのさま~』」と、 ささやくような声で先に進めました。
さて、ページをめくると、大きなランドセルの中から隠れていたとのさまの登場。 女の子は、ほうらね! と満足そうな笑み。 きっと彼女の心の中は、とのさまと一緒に、真新しいランドセルの中でひとりを楽しむ秘密の時間で満たされていたのでしょう。 彼女には、物語の段取りをつけようとする読み手の時間なんかに翻弄されない「わたし」の時間が、ちゃんとこの絵本の中で息づいていたことを教えてもらった出来事でした。 私こそが「ははーっ」。
絵本とは、日常の時間とはかけ離れて流れゆく物語の時間と、そこに入り込み物語を堂々と生きる<もうひとりのわたし>を体験する時間の両方を楽しむことが許された場所です。
多くの子どもたちが一緒に絵本を読んでもらっているからといって、「ひとりの読み」が、集団の中で搔き消えてしまうということはありません。
みんなそれぞれの思いで物語世界に入り込むからこそ、思い切りダイナミックな笑いや勇気やつながりの力が生まれると同時に、<それでもわたしはわたし>という自分の心育ても可能になるのです。
ただし、大人が「集団読み聞かせ」という読み方のマニュアルに気をとられすぎて、一人一人の内側にあるちいさな物語を豊かに編んでいく意識を失ってしまったら、 その場はとても味気ないものになってしまいます。

響きあう空間を

幼稚園や保育園での実習を前に、絵本の読み聞かせを練習する学生たちに、 目の前に聴いてくれる子どもたちがいることをイメージして読んでね、といくら言っても、 恥ずかしさが先行して、どうしても早口になったり棒読みになったりしてしまいます。
そこで、体重約3kg、新生児とほぼ同じ重さの人形を膝に乗せたり、誰かにだっこしてもらって向きあって読むと、 見違えるように読みが豊かになります。 しかも、膝に乗せて読むと包み込むようなまあるい声で、 対面で読むと滑舌よくはっきり一語ずつを届けるような声にというふうに、 設定場面に応じた声の出し方ができるのです。 「すごいねえ」と褒めたら、「そりゃ『かわいいなぁ〜』って思うと、声だって自然に変わりますよ」と、返事がきました。
そうです。絵本を読むということは、作品の内容だけでなく、「あなたがいてくれてうれしい。 あなたと読みあえるこのひとときがいとおしい」という気持ちも届けることなのです。 その気持ちは、声に乗って読みの空間を和らげ、聴いている人の心を温めます。 そして、温まった聴き手の心がまた、読み手の心に返っていくのです。 もちろん聴き手同士の心の高まりが重なりあって、読みの場をさらに温めるというふうに、その相互の響きあいが続いていきます。 こうした五感をフル稼働させた響きあいの経験を持つことは、 人とつながりあって生きることへの基本的な信頼感を養うものだと私は考えています。

読みあいのすすめ

子どもを情操豊かに育てたいという切実な思いから「がんばってよい絵本をたくさん読んであげたい」という気持ちが生まれるのは当然のことですが「読んであげたい」が「読んであげなきゃ」に変わっていくと、しんどいものです。 ブックリストや、ネットでのレビューを参考にして絵本を選んでみるのも大いにありですが、 たまには「今日は〇〇ちゃんがお母さん(お父さん)にお似合いの絵本を選んできて」とか、 「おうちにある中で一番長いタイトルの絵本を読むことにしようか」というふうに、 1冊の絵本との出会いもその日の物語にしてしまうことだってできます。 大切なのは、絵本を読むことも聴くことも、互いを必要としあうしあわせな関わりなのだということ。 私はそんな意味を込めて「絵本の読みあい」ということばを使っています。さぁ、どうぞ。


村中李衣
児童文学作家・児童文学者。ノートルダム清心女子大学教授。
絵本を介したコミュニケーションの可能性を探り、0〜100歳まであらゆる世代の人と読み合いを続ける。 近年は女子受刑者や長期入院児の家族を支える読み合いプログラムを実施しており、2017年第一回日本絵本研究賞受賞。
著書に『みんがらばー!はしれはまかぜ』や『マレットファン 夢のたまねぎ』(ともに新日本出版社)『絵本の読みあいからみえてくるもの』(ぶどう社)などがある。 『チャーシューの月』(小峰書店)で日本児童文学者協会賞受賞。同作および『かあさんのしっぽっぽ』(BL出版)は2015年全国学校図書館協議会選定図書(SLA)に選ばれる。

絵本えらびのヒントがぎっしり
この本読んで!

「この本読んで!」は、家庭で読みきかせをする保護者や、幼稚園や学校、図 書館などでおはなし会の活動に携わっている人たちに向けて、絵本作家さんや 新刊の紹介などを中心にお届けするおしゃれな絵本の情報誌です。 創刊/2001年11月 年4回(2・5・8・11月)発行 定価1,000円+税

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